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源為朝 保元の乱と琉球王伝説 [ドラマ]

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本日のドラマ『平清盛』はあの「保元の乱」。

保元の乱とは
平安時代末期の保元元年(1156年)7月に
皇位継承問題などで起こった政変の事。

学生時代は歴史が嫌いで
授業中も良く寝てたので
この辺の話はあまり詳しくないです。

特に「保元の乱」は背景が複雑すぎて・・・

今回ドラマを観てたのは
源為朝が見たかったからです。

この人、父である為義らとともに崇徳院側につき
後白河帝側についた兄の源義朝と戦ったんですね。

親子が組んで身内である息子、兄と戦うんですよ。

戦うといっても”戦争”だから当然家族同士で殺し合い。

いやですね~、いくら世がそうゆう時代だったとしても。

まぁ、今の時代であれば骨肉の争いとして
裁判なんかで戦う事になるんでしょうけど。。。

で、源為朝は敗れてしまい
伊豆大島に流刑となるんです。

この後、琉球に流れ着いて
琉球王国の祖となったという伝説も残ってて
とってもミステリアスな存在。

また、とても弓がうまかったらしくて
京都の平岡八幡宮には
源為朝が射抜いたと言われる石があるんですね。

その他にも弓の名手として数々の逸話が残ってます。

沖縄に行った時に、たまたま源為朝の話を聞いて

「そんな事あったんだあ」、と歴史を勉強してこなかった
自分が恥ずかしくなりました。

でも源頼朝、義朝 に比べると
為朝ってあんまり知られてないですよね。

というより
歴史の教科書にも出てこなかったような・・・

最後は兄・源義朝に処刑されるんですが
この処刑を指示したのが、平清盛だったんです。

戦国の世なんで
処刑くらいしょーがないと言えばそれまでだけど

清盛ってなんか陰険そーですね。

唯一覚えてるのが教科書で見たあの坊さんの写真。



木彫りかなんかの像で
とにかく顔が陰湿な印象だったです。

それにしてもこのドラマ
『平氏』じゃなくて『源氏』を扱えば
もっと視聴率も良かったんではないでしょうかね。



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